小室.kom.com

小さな日常に潜む怠惰と向き合うために。極端な暇に苛まれたとき、思い出してみてください。Hi there! I'm going to be uploading lots of info and pointless blog here.so If you need to get some rest,check my pages!stay tuned:)


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本日、私の大好きな北海道のじいちゃんが死んだ。齢、90歳だった。

ここは自分の心を整理したり、落ち着かせる空間でもあるのと、少し携帯を見ようと思えたので戻ってきた。ただ殴り書きのように考えないでただ書いてみる。いつものように。今日は仕事が休みだった。普段なら華金なんていわれる週末前でも仕事はある。ありがたいことだな、なんて感じたのは今日が休みになったから。理由はもちろん今まさに日本で猛威をふるっているコロナウイルスの影響である。今ではこんなに世間を賑わすことがないインフルエンザのようには上手くいかない。皆だって新しい事に挑戦するのには勇気がいる。だから今回の新型ウイルスについても二極化してると思う。対策しているか、していないか。緻密に勉強してきたうえで、対策をしているか、ネットのありとあらゆる情報を鵜呑みにして自分自身で考えないで、ただ対策をしているか、はたまた、気にしないで遊んでいるか。最後はもはや論外だと思う。こんな毎日もいつかは日常になる。前者の努力の功績が馬鹿人間の道の基盤をつくり、馬鹿人間は考えないでまた歩き続ける。そんな同じような事を毎日考えながら、部屋の換気から始める。いつもと変わらない何気ない1日、これも1日。幼少期、両親にオリエンタルランドに連れていってもらい、陽が暮れると、地団駄踏んで、帰るのを拒んだあの時間の早さに嫌悪したあの時と今でも時間の流れは一緒なはずなのに。寝てても1日、動いても1日。陽が上る前に目を覚ましたので、運動不足が続いていたのもあり、体を動かす事から1日を始めた。気づくと棚の上に置いていた携帯に親父からの着信で画面が光った。普段はおかんからの着信が主であるために、珍しい。普段ならすぐでるけど今日は少し様子をうかがったが、鳴り続ける。なんなんだ。寡黙な親父の声はやけに落ち着いていたが、第一声の前に後ろで何やら崩れたような鳴き声も聞こえる。それから話された内容は覚えてない、ただ親父が「今から北海道に行ってくる」それだけが頭に残った。こんな状況でいってはだめ。お互いが保菌者だとすればそれこそ関係のない人の命が危険にさらされる。そんな事もわかっている。葬式場からでさえ陽性反応。いまや人が少人数を越える場所は危険のため自粛しろ。じゃあどこからが大人数なんだろうか。家でストレス抱えてムンムンいるぐらいなら公園での感覚をあけての友人との散歩をしてる方がよっぽどいいと思う。この状況ならば飛行機だって2m感覚空けることも空席次第では出来ると思う。そんな自分には身勝手かもしれないと世間から言われる両親を止めることはできなかった。何よりもいまは自分が腹立たしい。大切な身寄りがなくなっても頭に世間からの目だったり、じいちゃんとコロナウイルスが入り交じってる自分が苦しい。じいちゃんが息を引き取った。というのも時間の問題であることはわかっていた。2019年の11月の終わりごろ、家族で北海道のじいちゃん、ばあちゃんに会いに行った。じいちゃんばあちゃんの家は空港からは遠いし、ばあちゃんも夏の暑い時期は避けてほしいという要請もあり、時期選びが課題だった。それでも会いに行くと決めてるので、予算も考えず毎年いくようにはしてた。一昨年は叔父さんが車で来てくれるというので、札幌で会う予定だったが、体調不良などにより、断念したが。休憩もいれたら片道九時間かかるというんだから、自己中だなと反省した。それで今回は私の家族と姉の家族と母親で会いに行くことに成功し、レンタカーを借りて会いに行った。久しぶりに来た祖父母の家に懐かしみを感じながら玄関につく。数年前には車の音で気づいて入り口まで出迎えてくれたのも嬉しかった。今年は大きなソファで二人で出迎えてくれた。変わらない笑顔はどこか安心する。ばあちゃんも丸まってきたけど、元気だし、じいちゃんの難聴は昔からで、補聴器つけても私の声はいつも聞こえづらい。声が高いと補聴器は音を拾いにくいのだそう。耳は一層悪くなっていってたがじいちゃんも元気だった。何日か一緒に過ごしてまた来年来るから元気でいてねって別れたのはお決まりの文句みたいになっている。それから2ヶ月が経ってじいちゃんが入院したとおかんから聞いた。何でも脳の萎縮が始まって運動能力などを司る脳の一部が思うように作用していないとか言ってた。よくこんな状態で老夫婦が二人で過ごせてたっていってた。もちろん介護ヘルパーの人も通ってた。毎日じゃないけど、ちょっとずつ数を増やしながら来てた。けど問題はあった。それが2月。病院を訪れた理由もここ最近、頻繁に転んだりするおじいちゃんが心配なのより、それを立ち上がらせるためのおばあちゃんの腰が骨折したことが原因だった。そこから叔父さんが病院に運んで、告げられたのが病院生活。もうこのままいってもまともに歩くのは困難ですし、病院で介護するとの事。息子や娘やその家族、孫たちからもじいちゃんの安全を考えてと納得。私達が毎日そこに入れるわけでもないので、入院生活が始まった。このことは当本人や妻のおばあちゃんは全く知らなかった。おじいちゃんもおばあちゃんも知らないのが最善と息子と娘が判断したから皆もそれに従った。暫くもしないうちに私の両親が祖父母に会いに行った。フライト前にはわかったことだが、おじいちゃんには会えないとのこと。理由はコロナウイルス。おじいちゃんは過去に何度か別の病気にもなっており、老化も進んでいることから、免疫力も落ちていると判断を受けた。会えないのはいつまでなのかなと考えたけど、このご時世、ウイルスなんていくらでも飛び回っているし難しいのかなとも頭をよぎった。それでもウイルスの熱が落ち着けば、会えるのかなって呑気な自分もいた。その後おかんとまた電話ではなした。おばあちゃんが元気ない。やっぱり何十年も北海道の田舎で一緒に過ごしてきて、私のおかんも中学?から札幌の学校に学びにいって二人でいつもすんできたお家に一人になったから寂しさが込み上げて来るのも無理はない。誰だってそうだと思う。そんなおじいちゃんがまたちょっとした病気、退院は決まってないけど、帰ってこれる。と伝えた息子、娘にとっても辛いことだし厳しい選択だったと思う。しかしそこからおばあちゃんは軽度の認知症のようなものを発症した。1、2年前からその傾向は見られてたみたいだが、拍車をかけるように強まったのはここ1ヶ月の間。精神的ストレスが強まっている証拠と医師からの判断。対処法は少しでもリラックスさせること。そんな目先のリラックスならいくらでも贈れる。ただおばあちゃんにはおじいちゃんの存在がないと厳しいのはすごくわかってる。おばあちゃんとこの間電話した時も同じだった。すごく寂しいって。おじいちゃんいつ帰ってくるのかなあって。一人でね、食べるご飯がこんなにもつまらないんだって言ってた。一喜も遊びに来てね~っていつもなら言うのに、今回の電話ではずっと寂しそうなおばあちゃんだけだった。今は自分が無症状感染者かもしれないしわからないから、また落ち着いたら絶対会いに行くね!その頃にはおじいちゃんも戻ってるかな、なんて何でこんな嘘をつくのかね。憎しみや悲しみからは何も生まれないなんて綺麗事並べられるほどできた人間じゃないし出来て会えるならそうしてたい、一生嘘ついてそうやって生きていたいから会わせてください。お願いだからコロナウイルスとかだけじゃない。コロナウイルスで手が回らなくなる患者とか懸念してる人って必ず、絶対いるからその人達の対応が遅れて死んだとしてもコロナに埋まる。今だってコロナウイルス以外の病気もあるし、もしかしたらコロナウイルスがなければ助かってるかもしれない病気だってあるし。少しでも長く生きられるかもしれないのに。コロナウイルスだけじゃない既存の病気があることを思い出してほしい。ウイルスの前線で必死で食い止めてくれてる医療現場のかたの医療崩壊になり始めてるいまを。一人一人の意識だけでも状況が変わるかもわからないけど、気にしないとか言ってないでください。争ったり批判してる間にも苦しい状況は長引くんですよ。ただコロナなんてなるときはなるなんて言ってる人はお願いします。お願いだから。おばあちゃん見てるかな、会いに行くからね。いつまでもおじいちゃんに愛を込めて。