小室.kom.com

食べる事とワインが大好きです。毎日の小さな出来事と、ほんの少しの感動をお届けします。極限に暇な時思い出してみてください。Hi there! I'm going to be uploading lots of info and pointless blog here.so If you need to get some rest,check my pages!stay tuned:)

自己脱皮計画の迷宮


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恵みの雨はやはり晴れ日が続くと愛しく感じる。傘は苦手だが雨は好きだ。湿気は苦手だが、雨の香りは好きだ。そして燦々とふる雨は好きだ。そして今は晴れ日がいと恋し。日照りは苦手だが、やはりお陽様は大好きだ。毎日会いたい(傍にいて欲しい)ランキングはスマートフォンと肩を並ばせる。

そんな無い物ねだりな情動的思考は、人前には出さないように配慮するようになったここ数日。良き習慣かなって思って、今頑張っている。この咄嗟に思い付くことをなんでんかんでん、発言するのは些か、危険である。一過性であることが多いし、それに事ある毎に、一喜一憂してたら周りへの配慮不足になりかねない。周りも疲れてしまう。でも生まれつき人に何かしら話していたい。本当は一喜一憂したい。仲良しな人も知らない道端でご縁であった人だって。でもあつかましいよなあ。いやでも、仕方のないことかも知れない。嫌なら嫌だっていってくれればいい。私の様にインターネット回線の様なトークが嫌な人は聞かなくてもいい。と、脳内バトルを錯誤した結果でその矛盾から生まれた発想はやはり、思い付いた言葉をいかに状況に応じて言葉を適所で処理し、まとめて言葉にするかというのが、今の私の大きな壁である。

やっぱりお話しするなら聞きたいし聞いて欲しい。それなら言葉を選ぶ必要があるんだと原点回帰。やはり大きい壁である。

 



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でも常に言葉遊びをしてそこまで考えると最近はイライラする事か少なくなった。この世の中は不条理であるからこそ人々は物事を耽美に感じるように、思考が欠如すれば、楽な選択肢である腹をたたせるほうに逃げていく。私のアルゴリズムは思考力が欠陥していたみたいだ。

イライラするのが楽な感情表現であり、言葉のやり取りなくして、伝える常套手段である。

しかし、物事を考える際に、脳と意思が直結しているわけでなく、インターネットを通して、コミュニケーションが増えた今は前よりも少し、イライラしやすくなったと思うのは、言葉を知らないからでそれを伝える手段ぐあったとしても、面倒と思うようになったのが一番の要因なんだろう。

 

難しいですなあ。

楽しいですなあ。